はじめに
愛知県は2026年10月1日に建設業向けの普及啓発用チラシを、10月6日に「建設工事従事者の安全及び健康の確保に関する愛知県計画」の2025年度実施状況と2026年実施計画を、それぞれ県のウェブサイトに掲載しました。現時点で公表されている情報では、県内の建設業で2025年に労働災害により被災した人は687人、そのうち約3分の1にあたる226人が墜落・転落によるものとされています。この記事では、公表された資料をもとに、中小建設会社が自社の安全管理と見積り実務のどこを点検すればよいかを整理します。
何が起きたのか
愛知県計画は、建設工事従事者の安全及び健康の確保の推進に関する法律(平成28年法律第111号)第9条に基づいて都道府県が定める計画です。県の資料によると、国の基本計画が2023年6月に変更されたことを受けて県も計画を見直し、2024年3月に現行版を公表しています。計画期間は2024年度から2028年度頃までとされています。
今回掲載されたのは、計画に定めた個別の取組事項について、2025年度に何を実施したか、2026年に何を実施する予定かをまとめた資料です。あわせて公表された普及啓発用チラシ(2026年10月作成)には、前述の687人・226人という県内の被災者数に加え、2027年の目標として死傷者数690人未満、死亡者数5人未満という数値が示されています。この目標は愛知労働局の第14次労働災害防止推進計画に基づくものとされています。問い合わせ先は県の都市・交通局都市基盤部都市総務課 建設業・不動産業室とされています。
【用語解説】建設職人基本法・都道府県計画・標準見積書とは
建設職人基本法とは、建設工事に従事する人の安全と健康の確保を進めるための基本的な事項を定めた法律のことです。正式名称は「建設工事従事者の安全及び健康の確保の推進に関する法律」で、2016年12月16日に公布され、公布の日から3か月を経過した日から施行されました。
都道府県計画とは、国の基本計画を勘案して都道府県が定める、建設工事従事者の安全と健康の確保に関する計画のことです。同法第9条第1項では策定は努力義務とされ、第2項で策定または変更したときは遅滞なく公表することが定められています。
標準見積書とは、下請負人が元請負人に提出する見積書のうち、法定福利費や安全衛生経費などの内訳を明示する様式のことです。2026年実施計画では、この様式の作成と普及が取組事項に挙げられています。
関連する法令・制度
同法第3条は基本理念として、適正な請負代金の額と工期を請負契約で定めること、設計から施工までの各段階で必要な措置が講じられること、建設業者等と従事者双方の意識を高めること、従事者の処遇改善と地位向上を図ることの4点を掲げています。第6条は建設業者等の責務として、自らの事業活動に関して必要な措置を講じるとともに、国と都道府県の施策に協力することを定めています。第8条では、国の基本計画について少なくとも5年ごとに検討することとされています。
数値面の裏づけとなる愛知労働局の第14次労働災害防止推進計画は、令和5年度から令和9年度までの5年間を計画期間としています。2025年の県内建設業の被災者687人は、2027年の目標値である690人未満をすでにわずかに下回る水準ですが、墜落・転落が約3分の1を占める構造そのものは変わっていないと整理できます。
中小建設会社への影響
2026年実施計画からは、中小建設会社の実務に直接かかわる項目が3点読み取れます。第一に、安全衛生経費の確保です。安全衛生対策の項目と経費を内訳として明示する標準見積書の作成・普及を進め、下請負人まで確実に支払われるようにすることが掲げられています。見積りの出し方そのものが問われる点は、標準労務費の考え方と地続きです。
第二に、県発注工事での取扱いです。法定福利費を明示した請負代金内訳書の提出が求められ、社会保険等に未加入の業者は入札参加資格申請が受理されず、下請契約も禁止されるとされています。第三に、確認の場が増えることです。労働基準監督署等による合同安全パトロールや立入検査で、安全衛生経費の確保状況が確認されるとされています。元請として現場を管理する立場であれば、安全配慮義務の及ぶ範囲とあわせて体制を点検しておきたいところです。
経営者が確認したい3つのポイント
□ 見積書に安全衛生経費の内訳を明示できているか
直近3か月に提出した見積書を見返し、法定福利費と安全衛生経費が内訳として分かれて記載されているかを、積算担当者と一緒に確認します。元請から様式の指定がある場合は、その様式に内訳欄があるかもあわせて確認します。
□ 足場の組立・解体時の墜落・転落対策が「より安全な措置」になっているか
2026年実施計画では、足場からの墜落・転落災害防止総合対策推進要綱に示された「より安全な措置」の普及が掲げられています。作業手順書と足場の点検記録を、安全衛生責任者が現物で確認します。
□ 一人親方との契約が実態と一致しているか
契約上は請負でも実態が雇用労働者であれば、労働者として扱うよう指導されるとされています。指揮命令の有無と報酬の決め方を、契約書と出面表の両方で経営者自身が確認します。あわせて労災保険の特別加入の状況も把握しておきます。
よくある質問
Q. 愛知県計画は、中小建設会社に法的な義務を課すものですか。
A. 同法第9条は都道府県に計画の策定を努力義務として求めるものであり、計画そのものが個々の事業者に罰則を科す仕組みにはなっていないと整理されています。ただし計画に沿って立入検査や指導、普及啓発が行われるため、実務上の影響はあります。
Q. 安全衛生経費を見積りに計上すると、受注で不利になりませんか。
A. 2026年実施計画では、安全衛生対策の項目と経費を内訳として明示し、下請負人まで確実に支払われるようにすることが取組として掲げられています。内訳を示すこと自体が国と県の方針に沿った対応と位置づけられており、不透明な一式計上のほうが説明を求められやすくなっています。
Q. 県発注工事を受けていない会社にも関係しますか。
A. 標準見積書の普及、一人親方の取扱い、墜落・転落防止対策は、民間工事にも共通する内容です。元請から安全書類の提出を求められる場面でも同じ考え方が前提になるため、公共工事の受注の有無にかかわらず確認しておく意味があります。
まとめ
愛知県が公表した2026年実施計画は、安全衛生経費の明示、墜落・転落防止、一人親方の取扱いという3点に実務の重心を置いています。県内の建設業では2025年に687人が被災し、その約3分の1が墜落・転落によるものでした。自社の見積書と作業手順書はどうか、確認してみてはいかがでしょうか。
あわせて読みたい
- 安全配慮義務とは?建設業で元請・下請が負う範囲と労働契約法第5条を解説
- 公衆災害とは?建設工事の仮囲い1.8m・歩行者通路0.9mの基準を解説
- 熱中症対策の義務化とは?建設現場の報告体制と手順づくりを解説
- 建設業の保険見直し・リスク対策
出典
- 愛知県「建設工事従事者の安全及び健康の確保に関する愛知県計画」(2026年10月6日更新)
- 愛知県「労働災害の撲滅に向けて取組の強化・充実をお願いします」普及啓発用チラシ(2026年10月作成)
- 愛知県「個別取組事項の状況(2026年実施計画)」
- 衆議院「建設工事従事者の安全及び健康の確保の推進に関する法律」(平成28年法律第111号)
- 愛知労働局「第14次労働災害防止推進計画」(令和5年度〜令和9年度)
本記事は建設業に関わる一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の保険会社または保険商品の推奨・勧誘を目的とするものではありません。制度・法令の内容は掲載時点のものです。実際の適用は個別の事情により異なりますので、詳細は所管官庁または専門家にご確認ください。当社の勧誘方針はこちらをご覧ください。
